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業界トレンド

Society5.0時代の製造業と産学官連携の理想形-必要なのは「変化への対応」と「説明責任」-

内閣府は、第5期科学技術基本計画において「Society 5.0」というコンセプトを発表しました。狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会に続く新たな社会を指すもので、「我が国が目指すべき未来社会の姿」として提唱されています。

そもそもSociety 5.0とは、どういう社会なのでしょうか。また、製造業に必要な産学官連携とは? 未来の製造業に求められる人材およびスキル、マインドについて、慶應義塾大学SDM研究科の白坂成功教授に伺いました。

取材・文/村中貴士  写真/井出勇貴

Society 5.0の社会が製造業にもたらす影響とは?

Society5.0とは、内閣府ホームページによると「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会」と定義されています。

これまでの時代は、サイバーとフィジカルの間に「人」が介在していました。車でいえば、人が行き先をカーナビに入力し、経路検索した結果をもとに人が運転をしています。

しかしSociety5.0では、人が介在しなくなります。例えば病院の予約をしたら、その時間に間に合うように車が迎えに来てくれます。もし車が渋滞に巻き込まれて遅れそうになると、病院側にその情報が伝わり、予約の順番が自動的に後ろに下がり、先に来た人が診察を受けられる。そんなことが起きるのです。

『病院に行く手段は、車や電車、バス、徒歩など人によって違いますよね。Society5.0では、それぞれの人がどの手段を取っても、その人の行動に合わせた形でシステムはつながり、最適な行動ができるため、より効率的になります。

もしスーパーで買い物した後に薬をもらいに行くなら、薬局にその情報が伝わる。そうすれば薬局は、他の人の薬を先に準備できます。誰もが快適で質の高い生活を送ることのできる社会、それがSociety5.0なのです』(白坂氏)

ソサエティ5.0の説明図
画像引用元:Society 5.0|内閣府

さまざまなものが連動する社会になると、産業の構造も変わります。車でいうと、従来は自動車メーカー間での競争でした。しかし、これからは「車と病院」「車と飲食店」など、まったく別のものをつなげる新しい産業が生まれるのです。経済産業省や内閣府は、これを「縦割り産業から、階層性(レイヤー構造)を持った産業へ」と説明しています。

『自動車メーカー間の競争は残りますが、それよりも”何と何を組み合わせれば新しい価値を提供できるか?”が主戦場になっていく。これは自動車メーカー1社だけでは成しえません。産業横断になるからです』(白坂氏)

Society5.0は、製造業にも大きな影響を及ぼします。これまでは「ものづくり」での競争が中心でしたが、今後は「作ったものと別の何かを組み合わせて、新たな価値を提供する」という新たな競争領域が出てくるのです。

『もしすべての車が自動運転になったら、何と何が繋がるのか。そこに気づくことから、一つ上のレイヤーが生まれます。製造業は、何か作っておしまいではなく、新たなサービスを提供する側に立つことを考えなければなりません』(白坂氏)

産、学、官の役割が変わる? 産学官連携の課題と「横ぐし」の専門性

車と病院など、まったく異なるAとBが繋がるSociety5.0の社会構築。それは1社だけで完成するものではありません。

新しい領域を見つけ、これまでなかったビジネス生み出すためには、今まで以上に研究を行う必要もあれば、場合によっては法整備なども必要となる場合もあります。

そこで重要とされているのが、産学官連携です。現状の産学官連携の課題について、白坂氏は次のように話しました。

『産学官連携は、製造業含めそれなりに進んでいるとは思います。ただ、Society5.0を本気で実現しようとするなら、これまでとは違う産学官連携の仕組みや役割分担が必要です。

今までは分野の深掘り、つまり縦の専門性が重要でした。Society5.0では、それら縦の専門性を組み合わせて新しい仕組みを作る”横ぐし”の専門性が必要になります。分野を横断して繋げる産業構造になったとき、産、学、官はそれぞれ何をやるべきか。そこを追加して考えなければなりません』(白坂氏)

これまでの製造業は効率化を軸とした改善活動がメインでした。部分をどんどん変えて、直していく作業です。しかしSociety5.0では、別々のシステムを繋げて新しいものを生み出す必要があります。

『今までは、確立した分野の一部分を「学」、社会実装を「産」、その促進を「官」が担っていました。これからは、”車と病院を繋いで価値を提供する“といった新しい目的に対し、どうすれば実現するのかを産、学、官みんなで考えなければなりません。それぞれの役割が変わるのです。そこに気づけるかどうか、がポイントだといえます』(白坂氏)

白坂成功教授のインタビューカット

白坂氏は、もう一つの課題として「産学官の流動性の低さ」を挙げました。

『現在、学に対して産の知見が入ってきていません。逆もしかりです。ドイツやアメリカでは、社会へ出た後に大学院へ戻るのは普通のことです。社会の実装を経験した人が、何が足りないかを大学院で研究することで、学の知見になります。また、研究した成果を持って社会、つまり産に戻っていきます。ところが日本には、そのような動きがほとんどない。産も学も、お互いのことが分からないし、アップデートできない。ここは大きな課題です』(白坂氏)

単なるサービスの下請けではなく、一つ上のレベルの製造業へ

Society5.0時代における理想的な産学官連携とは、どういう形なのでしょうか。白坂氏は「産学官で議論する場を作らなければならない」と話します。

『自動運転を例に挙げると分かりやすいでしょう。もし規則を作る人、車の内部を設計する人、インフラを作る人がバラバラだと、それぞれの範囲の中でしか解を作れません。全体最適の設計ができないのです。

これを全部一つにまとめて、何が最適かを議論する場があれば、解決する可能性がある。しかし、既存の産業界の中にはありません。そういう場を作るのは官の役割です。また、知見を体系化し人材を育成していく学も必要です』(白坂氏)

産学官をうまく連携させるためには、産の役割も重要となります。産業界にとって必要な姿勢とは、どういうものでしょうか。

『産の人たちには、学との連携を、いま世界で起きていることを整理して学びなおせるチャンスだと捉えてほしいですね。大学に行って学位を取ったり、そのまま大学の先生になったり、その知見を持って社会に戻ったりする。産と学の流動性をもっと高くして、これから必要になるものを一緒に作り上げていく。そんな状態が理想形だと思います』(白坂氏)

白坂成功教授のインタビューカット

日本の製造業は、決められた範囲において効率化していく「改善活動」は得意です。しかしSociety5.0は、車と病院が繋がる社会になります。車を作る会社と病院を運営する法人はまったく別。したがって、業種を超えて一緒に学びながら「こんなサービスを作ろう」と考えなければなりません。そこには、産学官の高度な連携も必要となります。

産学官が連動して学ぶ場ができると、それぞれがアップデートし、新しい価値をどんどん創造する土台ができます。そのとき、製造業はどう変化していくのでしょうか。

『製造業の強みは、技術の進化が分かることです。新しい技術を理解していることで思いつけるような、新しいサービスがまだまだあるはず。例えば、AIの知識があってはじめて、AIを活用するサービスが創造できます。

技術が分かるからこそ、目指せる社会が見えてくる。製造業には、単なるサービスの下請けではなく、技術を理解することで一つ上のレベルへ到達することを期待しています』(白坂氏)

Society5.0時代の製造業に求められる人材とスキル、マインド

白坂成功教授のインタビューカット

Society5.0社会の実現に向けて、製造業に従事する人が持つべきスキルやマインドについて、白坂氏は「変化への対応力」と「説明責任」の2つを挙げます。

『これからの社会は、変化の早い社会です。作って実現したらおしまい、ではなく、変化に対応できるように設計しなければなりません。単に目的を実現できるものづくりのスキルから、変化への対応をシステムに入れ込んだ設計スキルへと移行していくでしょう』(白坂氏)

例えば、現在の自動運転は、信号機を画像処理し、赤信号だと認識して止まる仕組みになっています。しかし今後は車〜インフラ間通信となり、信号機から「赤信号だ」という情報をもらって止まる仕組みに変わります。その先は、もっと違うシステムになるかもしれない。ものづくりも、新たなシステムに合わせて変えていく必要があるのです。

『変化に対応しやすく設計することは、不可能ではありません。先ほどの車~インフラ間通信でいうと、カメラで赤信号を“認識する”機能と“止まる”機能を分離して設計しておけば、「画像を認識する」モジュールから「通信で情報を得る」モジュールに変えるだけで済む。少し手間をかければいいわけです。

新しいものを設計するだけではなく、変化に対応できる仕組みをデザインすることが、これからの製造業に必要となるスキルだと思います』(白坂氏)

白坂成功教授のインタビューカット

一旦決めたことを変えようとすると、多くの人は嫌がります。納得できる説明ができないと、「なぜまた変えるのか?」と反発が起きてしまうでしょう。変更する理由を説明しながら進めなければならないと白坂氏はいいます。

『これまでAという環境を前提に設計していました。しかし環境がBに変わりました。それに合わせて設計を変更しないと、安全性が落ちるし便利ではなくなってしまいます。だから変更しなければならない――そんな説明が常にできるようなスキル、マインドが重要となるでしょう』(白坂氏)

日本はこれまで、「きちんとした」ものづくり、つまり品質を重要視してきました。しかしこれからは、「きちんと」の中に「速さ」や「説明できる」も加わります。品質だけでなく、変化への対応や説明責任が求められるのです。

また、Society5.0時代では、派遣業の在り方も変わってくるかもしれないと白坂氏は続けます。

『製造業であれば、これまでは自社の業界に特化している派遣人材が求められていました。しかしこれからは、車の会社が“医療を連携したビジネスを考えたいから、医療に詳しい人材が欲しい”など、異なるスキルセットが求められるようになるでしょう。こういった部分については、特化したスキルを持つ人材派遣を活用することが有効になってくると思います。

また、「うちの専門家を“横ぐし”で束ねてほしい」といった、分野を横断して繋げることができる派遣人材に対する需要も高まるかもしれません。これも、新しいビジネスをずっとやり続けるわけではない企業にとっては、必要な時に“横ぐし”を束ねられるプロにきてもらった方が、コスト的に抑えることができます。もし、この先そういった知見を持つ派遣人材がいたとしたら、活用する場面は増えるのではないでしょうか』(白坂氏)

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最後に改めて、これからの製造業で求められる人材について、白坂氏に聞きました。

『Society5.0時代の製造業では、決められたものを作って改善するだけでなく、何を作るのかを決めていく能力が必要となります。いわば「問いを立てるスキル」です。何を実現すればいいか。まったく異なるAとBを繋げるために、どんなものづくりをすればいいか。そういったマインドセットやスキルセットを持つ人材が求められるのではないでしょうか』(白坂氏)

白坂成功氏公式サイト:慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科
白坂成功氏公式ブログ:システム思考×デザイン思考×マネジメントで自己成長

 

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この記事を書いた人

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