【ミライズテクノロジーズと共に考える】パワーエレクトロニクスの進化を加速させるために必要な人材とは
「パワーエレクトロニクス」が注目されています。2020年4月に、株式会社デンソーとトヨタ自動車株式会社の両社が培ってきた同分野の研究開発を結集したR&D企業「株式会社ミライズテクノロジーズ(MIRISE Technologies)」が設立されたのは、まさにトレンドを反映したアクションと言えるでしょう。
そこで同社の執行役員であり、長年エレクトロニクスの研究に携わってきた篠島 靖氏を取材。パワーエレクトロニクスのトレンドや、今後のさらなる進化に必要な技術や人材などについてお話を伺いました。
取材・文/杉山忠義
脱炭素社会への機運が高まる中、世界がパワーエレクトロニクスに注目する理由とは?
『パワーエレクトロニクスは電力を変換したり制御したりする技術の総称です。電気エネルギーの伝達や消費を効率よく行うための技術です。これからあらゆる製品が電力化される世の中において、効率化、省エネルギーという観点から、パワーエレクロトニクスに注目が集まっているのです』(篠島氏)
そもそも産業革命の歴史は、石炭や石油といったエネルギーの消費ならびに革命の歴史ともいえます。一方で、これらのエネルギーは大量のCO2を排出してきた負の歴史も併せ持ちます。世界各地で気温や海水温の上昇、砂漠化、異常気象といった、地球規模の環境破壊を引き起こしてきた要因ともされるからです。
そこで2015年にパリで開催された国際会議では、約200もの国々が、産業革命以降の地球の平均気温上昇を2度未満に抑制することを目的とした「パリ協定」に賛同。2020年には、アメリカ、イギリス、EU、韓国、そして日本などが、2050年までにCO2排出ゼロ、いわゆる「脱炭素社会」の実現に向けた宣言や取り組みを表明しています。
なかでも顕著なのが、CO2の排出が全体の約4~5分の1といわれる自動車業界における、世界の取り組みです。具体的には、CO2を排出するエンジン車から、排出量が少ないハイブリッド車(HEV)やプラグインハイブリッド車(PHEV)、走行中は実質CO2排出量ゼロの電気自動車(EV)へのシフトを表明しています。
日本は2030年代半ばを目処に、エンジン車の新車販売禁止を表明。欧米ではさらに規制が強く、イギリスやアメリカのカルフォルニア州では2030年代半ばを目処に、エンジン車の新車販売だけではなく、HEVやPHEVの販売禁止をも掲げています。
さらに、各種IT関連機器の普及により、一昔前と比べると全エネルギーにおける電気エネルギーの消費割合は年々増加しており、今後もさらに増加していくことが予測されています。
このように自動車業界に限らず、今後は多くの分野でエネルギーが電気にシフトしていくのが、現在のトレンドといえるでしょう。そんな中、電気エネルギー領域で注目されているキーテクノロジーが「パワーエレクトロニクス」なのです。
『パワーエレクトロニクスは、電力の生成・伝達・変換・制御・供給に関するすべてに関連しています。発電所や変電所、電車、ハイブリッド自動車や電気自動車など。また身近なところではエアコンや冷蔵庫といった家電製品でもパワーエレクトロニクスは使われています。社会のエネルギー消費を抑えるキーとなるテクノロジーでもあります』(篠島氏)
実際、篠島氏が携わっているEVにおいても、車両の走行性能の良し悪しは、パワーエレクトロニクスが握っていると言えます。
『エレクトロニクスと言えば、パソコンの中にあるプリント基板などをイメージされる方も多いと思います。パワーエレクトロニクスが対象とする電流や電圧は、そこで用いられているものとはけた違いです。技術領域は大きな電気エネルギーを制御するパワー半導体やそれらを駆動する電子回路、その筐体や冷却機構、電池、モーター、発電機など、大変広いことがパワーエレクトロニクスの特徴です』(篠島氏)
ミライズテクノロジーズでは車載用パワーエレクトロニクスの開発に特化
『パワーエレクトロニクスの技術やデバイス自体は、かなり以前から研究されてきましたし、実際に製品化もされていました。しかしEVなど、昨今の急激な車両の電動化のトレンドを受け、さらに開発力を強化する必要がありました。このような背景から、ミライズテクノロジーズ(MIRISE Technologies)は設立されました』(篠島氏)
「ミライズテクノロジーズ」は、2020年4月に、デンソーとトヨタ自動車が設立した合弁会社です。同社では、それまで両社が培ってきた半導体における先端技術を結集。「パワーエレクトロニクス」、「センサー」、「SoC(System-on-a-Chip)」の3つの分野を中心に研究開発を進めています。
同社に集められた研究・技術者は約500名にもおよび、約半数の250名が、パワーエレクトロニクス部門に所属。つまり、パワーエレクトロニクスの研究開発こそ、ミライズテクノロジーズの主要事業なのです。
ちなみに社名の「MIRISE(ミライズ)」とは、未来とRISE(上昇)を組み合わせた造語であり、パワーエレクトロニクスをはじめとする半導体の研究開発により、自動車はもちろん、自動車を取り巻くビジネスや社会をより良く、進化・向上したいとの想いが込められています。
『パワーエレクトロニクスは対象範囲が広く、扱う出力が何ワットなのか、電圧が何ボルトなのかで、開発思想や設計アプローチなどが、大きく異なります。その中でも、ミライズテクノロジーズでは、車載用パワーエレクトロニクスに特化し研究開発を行なっています』(篠島氏)
なおEVの場合は、電圧は300Vから1,000V弱、出力は100キロワットの範囲であり、同領域における電気エネルギーの最適化を実現するパワーエレクトロニクスの開発に特化しているのが、ミライズテクノロジーズの特徴であり強みでもあります。
エネルギーロスを20%から5%に――パワーエレクトロニクスはまだまだ進化する
パワーエレクトロニクスの中でも、EVがより高性能になるために必要不可欠なのが、パワー半導体の進化だといいます。
『パワー半導体の材料はいくつかありますが、現在の主流は『Si(シリコン)』です。実際、トヨタ自動車のプリウスなどに搭載されているパワー半導体も、シリコン製が大半です。そして繰り返しになりますが、パワーデバイスの研究開発の肝は、いかにしてエネルギーロスを減らすかにあります。
現在のシリコン製のパワーデバイスでは、約20%のエネルギーロスが生じているといわれています。つまり、この20%をいかに小さくできるかが、私たちの研究テーマでもあるのです』(篠島氏)
具体的には、シリコンに代わる新しい材料によるパワー半導体の開発が、それに当たるといいます。実現すれば、シリコン製のパワー半導体に比べ、効率的に電気エネルギーを扱えるようになるとも。
『最近のトレンドは『SiC(シリコンカーバイド)』です。私たちは、シリコンカーバイド製のパワー半導体の研究開発において、20年以上前から行ってきた実績があります。現在の目標は、いかに低コストで量産化し、実際のEVに搭載できるかです。また、さらにその先の材料として、『GaN(ガリウムナイトライド)』という素材にも注目しています。
このような新素材のパワー半導体では、(シリコン製が20%であるのに対し)5~6%ほどしかエネルギーロスが生じないという可能性を秘めています』(篠島氏)
写真はミライズテクノロジーズが研究開発をしているSiCパワー半導体とパワーモジュール。
(出展:株式会社ミライズテクノロジーズ)
すでに、シリコンカーバイド製のパワー半導体を搭載した自動車もあります。水素と酸素の化学反応で得たエネルギーで走行する、燃料電池自動車(FCV)の「MIRAI(ミライ)」や、同じく燃料電池で走行するバス「SORA」もその中のひとつ。
『社会への浸透という点では、まだまだ時間はかかると思いますが、実現すれば脱炭素社会の実現に貢献するという、大きな目標を達成することができますから、研究者としてはやりがいをもって臨んでいます。パワーエレクトロニクスの開発を進めることで、エネルギー効率をさらに高め、環境や社会に貢献していきたいと考えています』(篠島氏)
保全メンバーも含めた幅広い分野の知識やスキルを持つ人材が必要
工場で設備を管理する作業員。
(出展:株式会社ミライズテクノロジーズ)
パワーエレクトロニクスの領域では、技術面での課題もさることながら、他にも研究開発ならびに製造を担当する人材の不足も課題だと篠島氏は指摘します。人材不足の理由を、次のように話します。
「取り扱うエネルギーの小さい通常のエレクトロニクスにおいては複雑な回路設計が求められ、それはそれで大変難しい世界ですが、必要な技術分野は、すごくざっくりとした言い方ですが、電気・電子系の技術だけです。一方、パワーエレクトロニクスでは、必要とされる技術分野は大変広範です。良いパワーエレクトロニクスシステムを組み上げるには、すべての領域をカバーするゼネラリスト人材が必要になってきます。」(篠島氏)
具体的な技術分野は、電気はもちろん、「材料」「冷却」「磁気」「熱伝達」「デバイス特性」などであり、材料では当然、化学の知識も必要になってくると篠島氏はいいます。
『広範な技術分野の知識を、自分の組み上げたいパワーエレクトロニクスシステムにどう活用するかが重要です。当然、組み上げたいシステムの何たるかが理解できていないといけません。システム全体を見る目を養うには、まずシステムを動かしてみて動作を確認することが一番有効ですが、パワーエレクトロニクスにおいてはそう簡単ではありません。大きなエネルギーを使うので、ちょっとした実験でも、事故が起きないよう安全を配慮した上で実施する必要があるからです。研究室でオシロスコープ(目に見えない電気信号を波形で表す測定器)を使って気軽に実験やシミュレーションが可能なエレクトロニクス分野とは大きく異なっています。
しかしパワーエレクトロニクスは総合技術です。ボトルネックとなる部分を改善してもすぐ次のボトルネックが現れます。システム全体をバランス良く進化させねばなりません。全ての技術領域について詳細を知る必要はありませんが、各技術領域の概要を分かったうえでシステム全体を語れるエンジニアの存在は不可欠です』(篠島氏)
つまり、パワー半導体の研究開発だけでも、多様な知識ならびに人材が必要な上に、周辺領域の技術や知識を持つ人材を確保することが、パワーエレクトロニクスの今後の進化においては必要だというのです。特に現在足りていないのが、全領域を俯瞰して捉えることのできる、ゼネラリストだといいます。
さらに篠島氏は、パワーエレクトロニクスの製造現場における必要な人材についても言及。こちらでも研究開発領域と同様に対象が多様なため、幅広いスキルを持った人材が必要だと指摘します。
『たとえばパワー半導体の製造では、薬品などを安全に取り扱える知識や資格を持った、工業用クリーンルーム内での作業経験のある人材ですね。また半導体製造工場は24時間フル稼働のため、メンテナンス人材も必要不可欠です。
普段から定期的に機械設備類をチェックし、不具合があれば停止という最悪の事態を引き起こす前に、事前予測し修理などの対応ができる。そういった保全に強いメンバーは、特に重要な人材といえます』(篠島氏)
今後、脱炭素社会がより強く求められるトレンドが加速すれば、パワーエレクトロニクスの研究開発から製造・保全までといった領域の人材が、ますます必要とされることは言うまでもありません。
そしてそのような人材を自社の従業員のみでアサインしたりマネジメントするのも、人材不足が指摘される現在のトレンドからは難しいこと。実際、デンソーやトヨタ自動車でも、多くの外部人材が活躍しています。
つまり、外部人材を積極的に利用するとの考えやマインドのシフトが、結果として、パワーエレクトロニクスの進化を実現させるのかもしれません。
日研トータルソーシングでは、製造業の設備保全サービスにおける人材活用を、トータルでサポートしています。充実した教育カリキュラムの導入によって、高い専門スキルを持った人材育成にも力を入れており、保全研修の外販実績も豊富にございます。これら人材不足問題を解決するための、弊社独自の取り組みをサービス資料としてまとめております。外部委託をご検討されている企業の皆様、ぜひ御覧ください。