価格転嫁ができない理由と上手く進める方法|値上げ交渉のコツをわかりやすく解説
あらゆる物品の値上げが取りざたされる昨今、「価格転嫁」の言葉が各種メディアを賑わせています。
価格転嫁とは、原材料費やエネルギー費、労務費といったコストの上昇分を製品やサービスの価格に上乗せすることです。しかし、製造業において価格転嫁は決して容易ではありません。
帝国データバンクが2022年12月に実施した調査によると、価格転嫁ができない理由として「取引企業から理解が得られ難い」が39.5%と最も多く回答されており、さらに「自社の交渉力」「消費者から理解が得られ難い」「契約の制限がある」と続くように、取引先企業などからの理解を得るのが難しい実情がうかがえます。
製造コストの上昇に苦しむ製造業では、価格転嫁ができなければ、たとえ売上が伸びていても収益は低下していくなど、厳しい状況に追い込まれます。
本記事では、価格転嫁に悩む製造業の現状を押さえたうえで、取引先との交渉の進め方や難航する価格転嫁の対処方法について考えていきます。
- 製造業における価格転嫁交渉では、「原価を示した価格交渉」のアプローチが有効
- 日常的なコミュニケーションを通じた理解醸成や、競合他社の値上げなどタイミングを図ることも欠かせない
- 価格転嫁交渉が難航する場合は、新製品による代替や商品スペックの調整を検討すべき
価格転嫁の受け入れ状況
経済産業省が管轄する中小企業庁が実施した「価格交渉促進月間に関するアンケート調査」の結果をもとに、価格転嫁の受け入れ状況をまずは確認していきます。
2023年3月の調査では、「発注側企業に価格交渉を申し入れて応じてもらえた」と「発注側企業からの声掛けで取引価格の話し合いができた」と回答した下請中小企業の割合は合算で63.4%でした。
2022年9月の調査では58.4%であったことから、苦慮している傾向は否定できないものの、やや上昇に転じている成果が確認できます。
価格転嫁を上手く進める方法
中小企業庁では「価格交渉ハンドブック)」を作成し、価格交渉のノウハウをとりまとめています。これによると、価格転嫁に成功した企業のうち「原価を⽰した価格交渉」が有効とする企業が45.1%と半数近くに上る結果が示されています。
発注側企業との価格転嫁交渉では、自社の原価データを把握・整理したうえで、値上げの根拠となる原価を示すアプローチが有効であると読み取れます。
また、クライアントと日常的に円滑なコミュニケーションを図り、価格交渉ができる関係性を構築しておくほか、競合他社が値上げをしたときなど、価格転嫁の交渉を行うタイミングを見計らうこともポイントです。
- 原価の把握と計算
- 日常的なコミュニケーションによる理解醸成
- 競合他社の値上げなど機会を伺う
この3つの観点から、価格転嫁交渉の進め方を考えていきます。
原価の把握と計算
発注側企業との価格交渉の準備段階として、当然ながら原価計算は欠かせません。原価を把握することで、販売価格に転嫁すべき金額が明確になるとともに、発注側企業に対しては値上げを求める根拠となりえます。
原価には原材料費や労務費、経費などが該当しますが、個別製品の製造に使われる直接費と、複数製品の製造に使われる間接費に分類されるなど、少々複雑なところもあります。原価管理システムを導入するなど、業務負担を軽減しながらの原価管理オペレーションの構築も検討されるでしょう。
なお、原価計算は⽇次や⽉次、あるいは四半期ごとに実施し、原価の状況を日常的に把握しておくと、価格転嫁交渉を行うべきタイミングの判断にも役立ちます。
また、価格転嫁交渉では、現行の原価に含まれる原材料費やエネルギー費を提示するだけではなく、原価が上昇する前後のデータを用意すると、値上げの必要性をアピールする有力な材料となります。また、業界団体のwebサイトや刊行物、業界誌、業界新聞などから業界全体のデータを収集しておくと、補足資料として有効です。
具体的には、以下のようなデータを用意するとよいでしょう。
- 原材料費の内訳や原材料価格の推移データ
- 電気代や水道代などのエネルギー費の推移データ
- 最低賃金の上昇に関わる労務費上昇に関わるデータ
さらに、原価圧縮のために実施している企業努力に関する資料も用意すると、これ以上の販売価格の維持が難しいことを示す根拠となります。
よろず⽀援拠点とは
経済産業省では、原材料費やエネルギー費、労務費などのコスト上昇による中小企業の価格転嫁交渉を支援していくため、2023年7月に全国のよろず支援拠点に価格転嫁サポート窓口を設置しています。
よろず支援拠点とは、中小企業や小規模事業者の経営上のさまざまな悩みに対して、専門スタッフがアドバイスを行う無料の相談所です。
よろず支援拠点の価格転嫁サポート窓口では、原価計算に関する支援を受けられます。また、原価管理の目的や原価算出の考え方、あるいは製品原価の算出に必要な情報を把握する方法など、原価管理に関する基礎的な知識からサポートするほか、企業個別の実態を踏まえて、製品ごとの原価の算出方法の提案も提供しています。
日常的なコミュニケーションによる理解醸成
価格転嫁交渉を行う前段階で、発注側企業の担当者と気軽にコミュニケーションがとれる関係性が構築できていると理想的です。
この際には、原材料費の高騰についてなど、自社を取りまく状況について日ごろから共有しておくことがポイントです。何の前ぶれもなく価格転嫁交渉に臨むのではなく、できれば半年前、少なくとも3ヶ月前から値上げの可能性について示唆し、理解を得やすい環境を醸成しておくことが大切です。
また、価格決定権を持つキーマンを特定し、どのようなエスカレーションをすると理解を得やすいかなど、交渉相手の特性の把握も欠かせません。
自社の担当者が価格交渉に慣れていない場合には、値上げの根拠を細かく聞かれたときに納得感のある回答ができるよう、社内でのロールプレイングなども実施しておきましょう。
競合他社の値上げなど機会を伺う
価格転嫁を成功させるには、交渉を実施するタイミングも極めて重要です。
プライスリーダーとなる⼤⼿メーカーなど、競合他社が値上げに踏み切るタイミングであれば、他価格転嫁のハードルは下がります。また、発注側企業が価格改定を行う動きがあるときも、値上げ交渉を進めやすいタイミングです。
価格転嫁交渉が成功しやすい時期を見極めるには、日ごろから競合他社や発注側企業の価格動向を注視する姿勢が欠かせません。また、価格転嫁交渉に臨む際は、売上比率が高い商品を優先し、徐々に拡大していく手法も有効です。
価格転嫁できないときの対処方法
発注側企業に価格転嫁交渉を申し入れても、当然ながら常に円滑に進むとは限りません。対処方法のプランニングの一環として、次の2つの交渉方法を検討してみましょう。
- 新製品による代替
- 商品スペックの調整
新製品による代替
既存製品の値上げが困難な場合には廃番にして、新製品を代替商品として展開し、適正価格として値上げをして販売するのもひとつの手段です。
ただし、新商品を既存商品から値上げして販売するには、既存製品にはない付加価値をつけることが前提条件になります。たとえば、国産の高品質な素材を使った新製品を開発し、原材料費の追加コストだけではなく、労務費のアップ分も上乗せした価格で販売するといったケースです。
新製品による代替は値上げによる売上アップが見込めるほか、新たな顧客獲得を狙えることもメリットです。その一方、既存製品を廃番にすることで、顧客離れが起こるリスクもトレードオフです。新製品の方向性が顧客のニーズに沿ったものであるか、スペック向上による価格アップが理解を得られるかといった点が鍵となります。
商品スペックの調整
発注側企業に値上げに応じてもらえない場合は、既存製品のスペックを調整して原価を下げる交渉を行い、収益を確保する方法もあります。
この際は、発注側企業にとってスペックの低下による影響が小さく、かつ自社における原価圧縮に効果的な施策を打ち出すことが重要です。また、そもそも自社の品質水準が顧客の要求水準を大幅に超えていることも考えられます。
商品スペックを調整するには、工数の少ない加工方法に変更して労務費を削減する、従来よりも少ない材料で製造できるように仕様を変更して原材料費を抑えるといった方法が考えられます。
商品スペックの調整は発注側企業の仕入れ価格には影響を及ぼさないため、理解を得やすいことがメリットです。一方で、品質低下に伴うリスクを無視することはできません。スペックを落としたことで不良品率が上昇してしまうと、自社の収益をかえって圧迫してしまいます。
商品スペックの調整を講じる際には、試作品のテストを繰り返し実施するなどの対策が欠かせません。
価格転嫁に応じないのは違法なのか
発注側企業と、下請法上の「親事業者」と「下請事業者」の関係にある場合には、価格転嫁に応じないこと自体は違法ではありませんが、価格転嫁交渉の協議を拒否するのは違法とみなされる可能性があります。
- 資本金3億円超の事業者が資本金3億円以下の事業者に製造を委託するケース
- 資本金1,000万円超3億円未満の事業者が資本金1,000万円以下の事業者に製造を委託するケース
製造業において、上記のケースは親事業者と下請事業者の関係です。
下請法の第4条第1項第5号では、親事業者による買いたたきが禁止されており、公正取引委員会では買いたたきを以下のように定義しています。
【買いたたきの解釈の明確化について】
ウ 労務費,原材料価格,エネルギーコスト等のコストの上昇分の取引価格への反映の必要性について,価格の交渉の場において明示的に協議することなく,従来どおりに取引価格を据え置くこと。
エ 労務費,原材料価格,エネルギーコスト等のコストが上昇したため,下請事業者が取引価格の引上げを求めたにもかかわらず,価格転嫁をしない理由を書面,電子メール等で下請事業者に回答することなく,従来どおりに取引価格を据え置くこと。
引用:公正取引委員会
下請法上の親事業者と下請事業者に該当する場合、親事業者は原材料費やエネルギー費、労務費などのコスト上昇に伴う価格転嫁の協議に応じる必要があり、価格転嫁に応じない場合には理由を回答することが義務付けられています。
そのため、発注側企業のうち、親事業者に該当する企業に対して価格交渉を行っていくという手法は有効です。
まとめ
原材料費やエネルギー費、労務費などの高騰が社会的な共通認識となっていることから、価格転嫁の交渉に臨みやすい環境は醸成されつつあります。
こうしたコスト上昇がいつまで続くかは未知数です。一定の受注があっても収益が出ない状況が続いてしまっては、経営危機を招きかねません。価格転嫁交渉をいかに行っていくかは、持続可能な企業経営を推進するうえで欠かせない視点といえるでしょう。